実盛

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般若野で、倶利伽羅峠で、篠原で、負けに負けた平家軍は
総崩れとなって逃げていきます。その中に、ただ一騎踏みとどまり
返しあわせ返しあわせ戦う武者の姿がありました。

平家敗走
【平家敗走】

斉藤別当実盛はこの年73歳ですが、
その日の戦ではわけあって白髪頭を真っ黒に染め、
しかも立派な錦の直垂を着て戦っていました。
傍目には若武者のように見えます。

木曾方より、手塚太郎光盛が声をかけます。

「なんとご立派な!お味方はみな逃げ落ちていくというのに、
ただ一騎踏みとどまって戦うとは、あっぱれ武者の鑑!
お名前をお聞かせねがいたい」

「そういうわとのは?」

「手塚の太郎金刺の光盛」

「手塚殿とおっしゃるか。
わとのの名前を辱めるわけではござりませぬが、
わけあって名乗ることかないませぬ。いざ、組合いましょう」

ウワッと実盛、手塚が組み合おうとしている所へ、
手塚の郎党が間にへだたり、主人を討たせじと
斉藤別当にむずとつかみかかります。

「なんと!うぬは日本一の豪の者と組もうと言うかーッ」

実盛は、敵をとらえて鞍の前輪におしつけ、
首かききって投げ捨てます。

目の前に郎党が討たれるのを見た手塚、
弓手にまわりあい、実盛の鎧の草摺を引き上げて、
二刀刺し、うおっと斉藤別当がよろめいた所に
ガバッと組合ます。

斉藤別当、心は勇ましいものがありましたが、
やはり寄る年波には勝てず、
上になり、下になり、とうとう手塚に組み伏せられ、
その首かっ切られてしまいます。

手塚太郎は実盛の首を持って義仲のもとへ
向かいます。

「どうもおかしな武者でした。下っ端の侍かと思えば
立派な錦の直垂を着ております。大将軍かと思えば
後に続く軍勢もありません。名乗れ名乗れと言ったのですが
とうとう最後まで名乗りませんでした」

義仲は
「まさか…これは斉藤別当ではあるまいか。
いや、それならば義仲の記憶ではすでに鬢の毛に白いものが
まじっていた。今は70歳にもあまり。
さぞかし白髪頭になっていように…
この黒々した髪の毛はどういうことか」

そこで、実盛とは長年親しくしている
側近の樋口兼光を呼びます。

樋口はただ一目見て、

「ああ、なんと無残な!斉藤別当です」

「それならば今は70も過ぎているはず。
髪の毛が黒々しているのはどういうことだ」

そこで樋口兼光の口から斉藤別当が常日頃語っていた
覚悟のほどが語られます。

「七十歳を過ぎて戦へ向かう時は髪の毛を黒く染めて
若者のようななりをしようと思う。
若武者どもと先駆けを争うのも大人気ないし、
かといって老武者として手加減されるのも口惜しいことだ」

そんなふうに、実盛は常日頃語っていたのでした。
そこで髪の毛洗い流したところ、真っ白な髪が現れました。

錦の直垂を着ていたことも、ゆえんのあることでした。

昨年の富士川の戦いでは、実盛一人の非というわけではないながらも、
平家軍は水鳥の羽音に驚いて全軍逃げ出すという大失態でした。

実盛は昨年の富士川の敗戦を老後の恥辱と考え、
今回、北陸の地に死に場所を求めていました。

また斉藤別当の出身は越前国です。
今回北陸の戦に向かうことは、
実盛にとって自分の故郷に帰ることでもありました。

越前
【越前】

故郷に錦を飾る、という言葉があります。

中国前漢時代に朱買臣という人物がいました。
朱買臣は若いころから読書学問を好みましたが
家が貧しいため薪を売りながら勉強していました。

嫁さんはバカにします。

「あんたみたいな甲斐性無しと一緒になって、大失敗だったわ」と。

とうとう出て行ってしまいます。

しかし!

朱買臣50歳すぎて皇帝の目にとまり、
晴れて故郷会稽の郡守に任じられます。

晴れて故郷の会稽に凱旋するときに、
朱買臣はピシーと立派な錦の着物を羽織っていました。

立派になって帰ってきた朱買臣を見て、
別れた妻は「ぎゃふん」と言ったということです。

この朱買臣の故事から、
出世して故郷に帰ること、特に大器晩成ということで
年とってから帰ることを
「故郷に錦を飾る」と言います。

実盛はこの朱買臣の故事をふまえて、
今回の戦で、故郷の越前国に最後の戦いにおもむくにあたって、
願い出たわけです。錦の直垂を着ることをお許しくださいと。

昔の朱買臣は錦の袂を会稽山に翻し
今の斉藤別当はその名を北国の巷に上ぐとかや
(「平家物語」)

これより500年後の元禄時代。
俳諧師松尾芭蕉は「おくのほそ道」の旅の中で
北陸に斉藤別当の兜をまつる多太(ただ)神社(石川県小松市)を訪ね、
一句詠んでいます。

むざんやな甲の下のきりぎりす

≫次章「平家一門の都落ち」

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