いろは歌

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「いろは歌」は、すべての仮名を一文字ずつ使って、
しかも意味のある内容にしたて、文字を勉強しやすいようにした、
「手習い歌」の代表です。

現在でも「いのいちばん」などの言葉に残っていますね。

いろはにほへとちりぬるを
わかよたれそつねならむ
うゐのおくやまけふこえて
あさきゆめみしゑひもせす

色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 けふ越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず

「いろは歌」のほかの「手習い歌」として
天地の歌(あめつちのうた)、大為爾の歌(たゐにのうた)、
また近世に入り北原白秋の「五十音」などがありますが、
やはり知名度でいえば「いろは歌」が一番でしょう。

七五調×四句の「今様」とよばれる、
平安時代末期にはやった詩の形式になっています。

文献として最初に見られるのは1079年成立の
「金光明最勝王経音義(こんこうみょうさいしょうおうきょうおんぎ)」、
経典の発音などを解説した書です。その巻頭に、
かなの一覧表として「いろは歌」がかかげてあります。

作者は弘法大使空海といわれていたこともありますが、
時代的にムリがあるということで、現在では否定されています。
作者不明です。

色は匂へど

内容は、悟りの境地を描いています。悟りの歌です。
色は匂へど。「色が匂う」というのは、ニオイのことじゃなくて、

花の色のことです。花の色がワッと見事に、
あでやかに色づいていることです。
それを「色がにおう」と言っているのです。
花は桜の花です。

しかし、そういう色づいたキレイな桜の花も…、

「ちりぬるを」

そういう色づいたキレイな桜の花も、やがて散ってしまう。
諸行無常。『平家物語』の冒頭、祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり。あれと同じことを言ってるわけですね。

「我が世誰そ常ならむ」。わが世の春と、誰がいつまでも
勢い盛んでいられようか。「誰そ」は反語です。
誰がそんな、勢い盛んでいられよう。いや、誰もそうはいかない。

どんなに栄えた者も、最後は亡びてしまう。
これも『平家物語』と同じく盛者必滅。無常ってことです。

有為の奥山

そして「有為の奥山」。いろは歌でもっとも難しい部分です。

「有為」は仏教の言葉です。
「有為転変」という四字熟語にもなっていますね。

「有為」とは、きっかけがあって、そこから起こる世の中の一切のこと。
つまりこの人生そのもの。いろいろひっくるめた、迷い多い人生。
その迷い多き人生を「有為の奥山」という言葉で、
奥深い山の中を歩いていることに、たとえています。

ざくざくと土を踏んで、山道を歩いていくんです。昼間なのに
夜かと思うほど、木がうっそうとしげって、はあー、いつになったら
フモトに出られるのか。先が見えないよ。

昼間なのにフクロウが鳴いてるかもしれない。
行きかう人とてなく、ひたすら山道を歩いていく…

いかにも、人生そのものじゃないですか。

しかし!!

作者はそこで言うんです強く言うんです

「有為の奥山今日越えて」
「今日越えて」!!

その迷い多い、奥山を歩いているような人生を、
今日こそ、今こそ、ズパーンと、飛び越えましょうと!!

転句に来て、今まで暗かった話が一気に明るくなります。
ドラマチック。転換。ターニングポイント。

あさき夢みじ

で、結句。

「あさき夢みじ 酔いもせず」

あさき夢…つまり、はかない夢なんか、もう見ないぞ。
世の中のゴチャゴチャしたね、出世だ金だ、
あいつのほうが俺より不当に評価されてるだ、
心を悩ませることは、もうそういうのは、捨てたと。

「酔いもせず」もう酔っ払わない。これは酒のことだけじゃないですよ。
名誉だ、欲だという、いろいろな迷いから、
解放されたんだという、

悟りの歌。悟りの境地です!!

芥川龍之介と「いろは歌」

芥川龍之介はエッセイ「珠々の言葉」の中で、

「われわれの生活に欠くべからざる思想はあるいは
「いろは」短歌に尽きているかもしれない」

と書いています。

「いろは歌」の説く悟りに至る道のりが、
生きるエッセンスということでしょうか。

もっとも芥川は30歳そこらで自殺しちゃったわけですが…

とがなくてしす

「いろは歌」を暗号と見る見方も多いですね。

七文字ごとに読むと「とがなくてしす」という
意味深な言葉に読めることから、いろいろな人が
妄想をふくらませてきました。

「とがなくてしす」…罪も無いのに死んだ。
ミステリ好きの心をかきたてずには
いられない意味深なメッセージです。

キリストのことだ、菅原道真だ、四十七士だ、
いろいろいわれてきました。
最近では柿本人麻呂って説もありました。

まあどれもネタとしては面白いんですが、
こじつけって気がします。

案外、作者は「ふふふ、俺の狙いどおり、迷っとるなあ。
ほんとは意味なんて無いんじゃ」なんてニヤニヤしてるかもれません。

後世の詮索好きをひっかけるために、
智恵の限りをつくしてこの「いろは歌」を作ったと考えると、
そんな作者ならぼくは大好きです。

鳥啼歌

1903(明治36)に新聞万朝報で、
新しいいろは歌が一般公募されました。通常のいろはに
「ん」をふくむ48文字で構成することが条件でした。

一位に輝いたのが数学教師の坂本百次郎さんがつくった
この「鳥啼歌」です。とても美しく、情景が目にうかぶ詩です。

ものを数えるときに「いろは…」といろは歌をあてはめて
数える、いわゆる「いろは順」がありますが、

「いろは順」とともに、この鳥啼歌の「とりな順」も
戦前はよく使われました。

とりなくこゑす ゆめさませ
みよあけわたる ひんかしを
そらいろはえて おきつへに
ほふねむれゐぬ もやのうち

鳥啼く声す 夢覚ませ
見よ明け渡る 東を
空色栄えて 沖つ辺に
帆船群れ居ぬ 靄の中

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