殿下乗合

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こんにちは。音声コンテンツ制作・実演・販売の
左大臣光永です。

これから数回にわたって、
『平家物語』前半の主人公、平清盛の
魅力にせまっていきます。

「平家物語」前半の主人公、平清盛は
実に感情ゆたかな人物として描かれています。

基本的には悪人という役回りですが、
単に悪逆非道、残虐ではないです。

ガーッと頭に血がのぼって、激情にまかせて行動する、
かと思うと情に厚くて、ぼろぼろと涙を流す。
また非常に家族思いな面があります。

激しい喜怒哀楽とともに、
ぐいぐいと物語をひっぱって行きます。

≫音声が再生されます

史実とはぜんぜん違う!

「殿下乗合事件」は、『平家物語』前半の鍵となるエピソードです。

史実とはまったく違うことが書かれており、
意図的に清盛を悪人に描こうとした作者の作為が見えます。

繁栄をきわめる平家一門。
その中に平資盛(たいらのすけもり)という13歳の若者がいました。
清盛の孫ということで、どこへ行ってもちやほやされます。
大切に取り扱われます。

その日は朝から、春の雪がはらはらと舞い散っておりました。

資盛は馬に乗って、お供の若侍を数人つれて
京都郊外に鷹狩に出かけました。

鷹狩というのはこう、腕のところに鷹をとまらせて、
行けーッシューッて飛んで行って、
ウサギとか鳥をつかまえるんです。

で、一日ぞんぶんに遊んで、資盛一行は引き上げてきました。

みんな今日はなかなかの成果だったなあ、
いえ、若殿にはとてもかないませんなんて言いながら、
ワイワイと京都の町中を進んでいきました。

摂政藤原基房の車と行き合う

そこへ向こうから、

ガタゴトガタゴト…

立派に飾り立てた牛車が近づいてきます。
なんだあれは?えらくぎょうさんな車だなあ。
お供の役人が車のまわりを囲んでいます。

その役人が言います。

こらお前たち!これなるは摂政藤原基房さまの御車であるぞ。
無礼であろう!馬から降りぬか!

言われたほうの資盛は、今を時めく平家の若君です。貴公子です。
どこへ行ってもチヤホヤされています。大切に取り扱われます。
人に頭を下げるなんてことは面白くない。

ふん、いいや。通っちゃえ。お前たち、行くぞ!
はい資盛さま、バカバカバカバカ(馬の駆ける音)。
資盛一行は、摂政藤原基房の車の脇を駆け抜けようとします。

こら待てッ!襟首をひっ掴まれ、
ドターッ!馬から引きおとされます。「わーっ!」驚く資盛に
警護の役人たちが「無礼者!無礼者ーッ!!」蹴ったり殴ったり、
さんざんな暴行を加えます。

おじいちゃんに言いつける

なにしろ資盛は今をときめく平家の若君です。貴公子です。
どこへ行ってもチヤホヤされます。大切に取り扱われます。
人から粗末に扱われたことなんて無い、
まして殴る蹴るの暴行を受けるなんてはじめてだったと思います。

ブワッと泣きじゃくって、ボロボロな姿で、
足を引きずり引きずり、資盛は六波羅の清盛の館にたどり着きます。

そしておじいちゃんの清盛に言いつけます。
おじいさま、あいつら、ヒドイんですよと。

清盛は、

おのれ、わしの孫にこのような仕打ち!
目にもの見せてくれようぞ!!

怒り狂う清盛を、長男の重盛がなだめます。

父上、それは違います。摂政さまの前で下馬の礼を
とらなかった資盛が悪いのでございます。
資盛!お前は13歳にもなって、情けないッ
それくらいの分別もつかぬかッ!

襲撃

長男重盛のいさめによってその場はおさまったものの、
清盛の気持ちはおさまりません。

孫のカタキ打ちとばかりに気性の荒い若い連中を集めて、
摂政の車を襲撃させます。

その日、摂政藤原基房は近く行われる高倉天皇の元服式の
打ち合わせに参加していました。その帰り道。

ゴトゴトゴトゴト…

摂政藤原基房を乗せた牛車は、
中御門大路(なかみかどおおじ)を西へ進み、
堀川小路(ほりかわこうじ)と
猪熊小路(いのくまこうじ)の間にさしかかった時、

殿下乗合事件
殿下乗合事件

ワーーッ!!

鬨の声が上がります。
何じゃ?何事じゃ?あせる基房。警護の武士たちも、
何が何だかわからない。みんなしゃなり~と正装している、
そこへ!

清盛が集めた荒くれ武者どもがワッと襲いかかり、

資盛さまのカタキ!!

馬から引き落とし、蹴ったり殴ったり、
車の中に弓をつっこんで、簾をひっぺがし、
牛車ということで牛にひかせている、
その金具をぶった切って、もおーと牛もパニックです。

しまいには一人一人の冠をはたき落とし、
髻(もとどり)をぶっさぶっさと切り落とします。

髻というのは髪の毛を頭の上にまとめて束ねた部分です。
ここにヒモをくくりつけて、
烏帽子(えぼし)と呼ばれる冠を固定しました。

髻を切られるということは、人前でスッ裸にされるくらい、
これ以上無いほどの屈辱でした。

摂政藤原基房はあまりの仕打ちに、よよと
涙に袖をぬらしました。

復讐を成し遂げた武者たちは鬨の声を上げ、
清盛のいる六波羅の館に凱旋します。清盛は、

「お前たち、よくやった!!」

…以上、だいたい『平家物語』の記述にもとづいて語りました。
しかし実際の「殿下乗合」事件はぜんぜん違うものでした。

実際には摂政の車を襲撃させたのは長男重盛の指示で、
清盛はむしろ止めたということです。
『平家物語』に書かれていることは、むしろ
正反対です。

しかし、事実を捻じ曲げてまで
作者が描き出した、清盛の人物像ってことです。
激情にまかせて、ガーッと行動する人。
その激しさで、「主人公」たる清盛はぐいぐいと物語をひっぱって行きます。

建礼門院右京大夫集

ちなみにこの平資盛という若君は、
とてもイケメンに成長します。モテました。

建礼門院右京大夫という年上の女流歌人と
恋仲になります。

建礼門院右京大夫。清盛の娘建礼門院徳子に
つかえた女房で、本名はわかっていません。

恋人資盛との歌のやり取り、また女性の視点から見た
平家御一門の人々のことなどを、
「建礼門院右京大夫集」という書物にあらわしました。

「平家物語」に描かれた人物たちが、
また違った視点からながめられる、
興味深い作品です。

≫続き 「西光法師への処罰」

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